2016年03月11日:
毎日、気づけばほんと毎日一緒に、気仙沼で出会った日から4年半。基本的には使いやすくてお気に入りだから、だけどもちろん、毎日、カツオやカモメや松やツバキやいかりや気仙沼、を見ています。そしてもちろん、明日からも。今日は朝の美術館につれて来てみました。が、すっかり夜に!いつか、ヒカリにも会いに行きます。(砂浜美術館のひらひら仲間より)
2016年03月11日:
毎年うっすらとしか見えなかったのに、今夜は唐桑の外洋側からも3本の光がよく見えます。星がくっきりの夜、甘くあったかいココアを女3世代で飲める幸せに感謝します。 (くまりさ)
2016年03月11日:
だいぶ冷え込んでいますが、安波山には大勢の人がこのヒカリを見に来ています。東京で暮らしていると、震災を他人事のようにスルーして生きることは簡単です。でも僕は、他人事ではなく、自分ごとだと思って関わりつづけたい。そんなことを思いました。(うえん)
2016年03月11日:
大震災当日は、気仙沼市立病院のある気仙沼中央部の高台にある九条小学校に勤務しておりました。 大きな揺れで老朽化した校舎はサッシがねじ曲がり、壁のあちこちが剥がれ落ち、窓ガラスは砕かれました。 子供たちは着のみ着のままで校庭に避難し、恐怖と寒さで震えていました。 ずっとずっと不気味な不協和音を奏でたままのサイレン…もう大変なことが起きたのは分かるからもう鳴りやんで…。 一晩中、寒さとサイレンに怯え続けた子供たち…。夜は、運動会用のテントとブルーシート、それにその辺からかき集めた木で焚いた焚き火で何とかしのいだよね…。 今でも焚き火を見ると思い出す…夢だといいなと思ったあの日…。2016年03月11日:
私の祖父の5回目の命日。 南町に生きた祖父は内湾を観る墓で眠ります。 みんなでお墓参りしながら、「おじいちゃんはどう思う?」昔は空き地などなかった内湾地区、今は土が見えます。瓦礫が無くなり今度はまたそこに建物が建つのよ!大丈夫、安心してね。 (カナ)2016年03月11日:
カナダのトロントは夜が明けたところです。こちらの空は曇り気味ですが、繋がっているんだなと、遠く星空と3本のヒカリの塔を想い浮かべています。 (大介)